2008.03.31

花よりカレー、あるいはポタリング

「自転車でお花見しにいこうか」

リンクがいよいよクローズになった最初の週末。ツレからの提案。

ツレが学生時代を過ごした隣町のカレー屋さんでランチをして、ツレのキャンパス横の桜並木などを見に行こう、ということだった。

ツレと並んでポタリングするのは、自転車を趣味にして以来の、ある種の憧れの行為ではある。その提案はうれしかった。

うちには自転車は何台もある。ポタリングをしたくてそろえたDAHONがある。がしかし、不安がよぎる。カレー屋さんまで10kmある。そこまでツレは持つのだろうか。自分もDAHONではそれほど長い距離を走っていない。腰は、尻は、足は持つのだろうか。

躊躇はしたものの、ツレの気が変わらないうちにOKを出す。幸い、天気はいいし、気温は13度。ポタリングするには最高のコンディションだ。

うちの横を走る伊勢崎街道を、2台併走する。自分のコンディションは悪くない。そしてツレもしっかりペダリングする。というか、あまりにスムーズに走っていくので時々こちらのペダリングが追いつかないこともあった。ともあれ関越道を越え、玉村町に入る。1時間くらいで最初の目的地、かれぇ工房さんへ到着する。

Dsc00401b Dsc00402b このお店、以前はもっと街中にあったのだが昨年移転してきた。前の場所にあった頃から年に何回かはお邪魔している。天井が高く、開放的であかるいお店。食べるカレーは二人とも、いつも一緒なような気がする。ツレはレディースセットなので盛りが少なく、デザートがつく。自分もアイスクリーム券でアイスを頂く。1時間くらい、ゆっくりとカレーを味わう。

お店の前の交差点を渡ると、街の中心である町役場がある。ここをまっすぐ過ぎて大学方面へ向かう。ツレ達が学生時代によくすごしたという喫茶店は去年店じまいをしてしまった。昔はダンパやライブなどやったんであろうその店には、憧れのエレピ、EP80(小田和正、八神純子の愛機として有名)などがゴロゴロしている店で、サークルのライブなどの思い出がよみがえる場所だった。店は跡形もなく、そこにはスキヤが・・・(涙)

そのスキヤのところを入ると、ツレの大学。女子大だから中には入れない。最近、新棟ができたはずだが、その1Fにはカフェがあるそうだ。新入生が入ったら、ポスターを掲示させてもらうといいよとアドバイス。そうすればカフェにも入れるじゃない。

大学の横には立派な桜並木がある。群馬に通い始めの頃、車で見に来たことがあったが、その時はさーっと通り過ぎるだけしかできなかった。1.5kmくらいの間の道の両脇に咲く桜並木。

Dsc00404b 「もう少し遅くなると毛虫でいっぱいだよ」とツレは笑う。確かにそうだろう。実家の近くの桜並木もそうだった。この時期に、自転車だから楽しめることだろう。

さらに桜を求めて、今度は新町の自衛隊駐屯地を目指す。ルートが一本異なる。関越道の側道を走り、さらに新町の中心街を走り抜ける。だんだん、尻が痛くなってくる。

自分の2号機のサドルはボロボロだったので、スペシャライズドのサドルと交換している。しかし1号機はオリジナルのサドルのままである。ツレもきっとつらくなっているんじゃないかと心配ではあったが、彼女はそのまま走りつづける。

途中の祠で自転車を止めたツレが指をさす。

Dsc00407b 「ここ、『とかげ公園』」。滑り台に巨大なとかげ?のオブジェが。回り込んでみると、トカゲというか、恐竜というか・・・とにかくあんまりかわいくないものがついている。ただ一つの遊具だというのに。

このあたりの道は旧中仙道にあたり、芭蕉の句碑(ここで詠んだというわけではない)があったり、歴史ある街を感じるその横のとかげ・・・なんだかミスマッチで面白い。

自衛隊のオープンデイは来週ということで、敷地の外の桜の下をとおりながら引き返すことにした。さすがに4時を過ぎると風が冷たくなってきて、しかも強い向かい風になる。小径車ではちょっと辛くなってきたので、少しでもツレが楽になるかとも思って先を走ってみたが、あんまり差はなかったようだ。

ツレの1号機は3段変速を備えていて、少しはペダリングが楽になるはずなのだが、結局ツレは一度も変速機を操作しなかった。もともと変速機があっても固定で乗っていたらしい。まるでピスト乗りのようなペダリングをする人だと思う。

以前、二人でのポタリングの目的地候補だった「群馬の森」を通り過ぎ、家路へ向かう。まだまだ夕方の風は強く、寒い。尻もだいぶ厳しくなってきたのでコンビニに寄ったり、買い物をするために高崎駅の自由通路を押して通ったりして、帰宅したのは結局19時過ぎ。

横に並んで走るのは道交法違反でもあるし、二人とも結構真面目に自転車を漕いでいたので、会話が弾んだわけでもない。

でも、ふたりで一緒にこれだけの時間を走ることができたこと、ツレのナビゲートで、ツレの思い出を辿るのは楽しい時間だった。そして、お互い事故もなく、自転車で走れたのは大きな収穫だった。帰宅してルートを辿ってみると、32km走っていた。

また、理由を作っては二人で自転車ででかけよう。疲れたら押せばいいんだし。何よりも同じ速度で同じ道を並んで走っていけることが、とても幸せな一日だったので。

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2008.01.19

東京のルーツ

久々に広尾に出かけた。

学生時代、あの場所にはじめて行ったのは某在名準キー局のセミナーだった。そして今の勤務先の拘束や研修もその場所だった。

そこの横には南部坂や有栖川宮記念公園という場所がある。
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港区はもともと江戸時代の藩邸だった場所が多く残っており、皇族のすまい、大使館や政府関係施設となっていると同時に、公園として開放されている場所も少なくない。

幼稚園時代を過ごした赤坂9丁目。ここにある桧町公園は、今では東京ミッドタウンの一部のようになってしまったようだが、ここと同じように池があり、橋があり、老人が釣りをし、野鳥がいてザリガニがいた。

有栖川宮記念公園はその名の通り、有栖川宮家の屋敷であった土地で、その祭祀を継いだ高松宮家より寄贈された公園であるが、実はその前は盛岡藩南部家の下屋敷だったのだという。

祖父は「麻布」で育ったと子供の頃から聞かされていた。赤坂居住時代、遊びに来た祖父母と広尾のあたりまで行ったことがあったように覚えている。
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我が家は盛岡藩に縁がある家系であるが、なぜ祖父が麻布にいたのか、実はよくわかっていなかった。なるほど、藩邸が麻布エリアにあれば、その直近にいてもおかしくない。ナショナル麻布マーケット前からドイツ大使館のある坂を「南部坂」と呼ぶが、南部家の南部、だったのだとはじめてしる。

ナショナル麻布マーケットは青山の紀ノ国屋と並ぶ外国人客でにぎわうスーパーマーケット。店内にもおなじみのN/B商品がほとんどない。研修が辛くて、眠気覚ましに「フィッシャーマンズ・フレンド」など買い求める。

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海外のスーパーみたいなんだけど、実演販売の手打ちそばを外国人親子が買い求める光景が面白い。

少年時代に近くにいたという親近感はあったが、実は広尾はアクセスがしにくくて苦手な街だった。しかし、その街に自分のルーツに近い部分があるのを知り、深く感銘を受けた。

・・・あくまでも出張・研修の合間のお散歩での話。

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2006.01.25

久々のジンギスカンを食す

私にとっては里帰りみたいな札幌出張。前述の通り、出張では来た経験がないとはいえ、大通り近郊の会社のロケーションは入社前からほとんど知っているし、他の出張先も市電を使えばよいことはリサーチ済み。そんなわけで今回の宿泊はすすきの交差点至近の東横イン。まだ新しく、設備は良い。加えて冬の閑散期は割引がある。と、準地元としてそれなりに計算をしてプランを立てたのだが、同行の先輩は初めての北海道。落ち着かれているので変な店に行きたいとか言わないので助かったが、この方、食にはうるさい。海外勤務経験豊富な先輩で、モンゴルにも出張経験がある。北海道といえば何?と言われて「ジンギスカンでしょう」と答えたところ、ぜひ食べたいとおっしゃる。

しかし、ジンギスカン、一応すすきのに名門松尾ジンギスカンの支店があるのはわかっていたが、足元のおぼつかない先輩を引き回すのは考え物。そこで、私も初めてでかけたのだがサッポロファクトリーへバスで出かけてみることにした。

サッポロファクトリーは旧サッポロビール札幌第二工場の再開発でできた複合ショッピングモール。部分的に昔の工場を残している。サッポロビールといえば「サッポロビール園」が全国的に有名だが、バスでの行き方を知らないし少し離れている。そのサッポロビール園のある旧札幌第一工場も今では再開発でイトーヨーカ堂をキーテナントとするショッピングセンターになっている。それに、ビール園だとやっぱり飲み放題で行かないと面白くないが、まだ昼間である。それはさすがにヤバイ。

再開発されたビルの中に、サッポロホールディングスの飲食子会社であるサッポロライオン直営のジンギスカンの店が入っている。昼時であるのでランチもある。漬け込んだタレが醤油、味噌、塩の3種揃ったセットを注文する。

焼くと、あのラム独特の臭みが漂う。ラムは時々食べているし、そういえばこの間岡谷で蝦夷陸奥倶楽部の打ち上げに紛れ込み食わしてもらったのだが、「ジンギスカン鍋」で焼くラムはまた格別である(といっても、この店は四角い鍋。ちょっと違うのだが)。

ちょっと上品な感じで、松尾のくどさを知っている私には物足りなかったがおいしく頂いてきた。次回は松尾に行くか、思いっきりビール園で飲みながら食したいものだ。

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新千歳空港みやげ考

このところ、急に出張の機会が増えてきて、初めての札幌出張。北海道への出張は函館の経験があるし、その後休暇を入れて札幌まで行った事もあるし、青森での構築で週末を挟んだ折に出かけたこともある。職場の旅行会などあった頃に出かけたときもあったし、スキーでも行っている。しかし、出張での札幌というのは従来ではなかった。希望者も多い札幌では、「準地元」の私は滅多に行く機会がなかったのだ。

そもそも、今の空港ターミナルが出来たときに、当時学内で書いていたペーパーで取材にも行っている。みやげ屋の場所も、企業も大体頭に入っている・・・はずだったのだが、考えてみれば最後に千歳を使ったのはまだ国内メジャー3社時代。JASがまだ別の会社だった時代である。

北海道みやげといえば、なんと言っても石屋製菓の「白い恋人」なのだが、これはあまりにベタ過ぎる。それもあって私はまず六花亭製菓の「マルセイバターサンド」が定番。といっても人にはあげない。自分の蓄え(爆)六花亭は帯広の会社なので、札幌圏の千歳では以前はあんまり取り扱いがなかったので、売り切れなんてこともあった。しかし今は違う。すべてのみやげ屋で山と積んである。これまた前ならば有難がられたロイズのチョコレートも以前は扱い店が少なかったのだが、どこにでもあるアリサマ。この3社、今では千歳の超定番となってしまっている。

かわりにといっては何だが、北海道民なら誰でも知っている有名な菓子の扱いがほとんどなくなり、直営のコーナーのみになっていたのには驚いた。このブログの初期に書いた札幌千秋庵の「山親爺」である。今回、お届けしたいところが増えたのであえてあまり甘くない、本当に道民なら知っているが本州・・・いや内地ではあまり知られていない山親爺を探してきた。

あとは札幌に行ったら必ず買って帰るマルダイ佐藤水産のいくら醤油漬。みやげ屋より高いが、この味に慣れてしまっている以上、買えるときには買う主義。今回は2つ。#33も醤油漬は食べられるそうなので。それから同僚からのオーダーがあった「札幌タイムズスクエア」も買ってきたし、職場用にはマカダミアナッツをホワイトチョコでコーティングしたというお菓子を買ってきた。

とにかくあれこれと買い求めてきたのだが、実はもう一つ。今回はあちこちで限定チョロQを見かけてしまった。地域のみやげ物ブランドのトラックを模した「みやげシリーズ」の北海道編はタイムズスクエア。それから札幌は雪祭りの準備中。これのラッピングバス仕様。そして・・・旭山動物園おみやげシリーズで、精巧な動物のモデルの下がチョロQになっているというもの!普段チョロQは車以外は集めない主義だが、ちょっとホッキョクグマとペンギンがかわいかったので、高かったが買ってしまった。残りはアザラシとオランウータン。アザラシはいいなと思ったがオランウータンはチョロQとして抵抗があって、「次回」ということにした。4台セットもあったのだが・・・(爆)

久々の千歳で猛烈買い物モード。搭乗したのは一番最後・・・

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2005.12.07

「私が社長です!」のAPAホテル

関西に来るのは、スレッジホッケー日本代表の大阪合宿以来ということになった。前回も泉南地区ということで、このところこの辺に縁があるようだ。さすがに、前回の宿泊地は激安だが遠いということで、もう少しユーザに近いところということで、「だんじり」で有名な岸和田駅前のAPAホテルをチョイス。

しかし、全国的に有名な岸和田といえど、下町の住宅地であるからお店がすくなく、養老の滝で夕飯と同行メンバーの懇親。コンビニでお菓子を買って、一眠りしてホテルのブロードバンド回線からブログの書きなぐり中。

APAホテルといえば「私が社長です」と派手なオバサン社長がコマーシャルで胸をはっていることで有名。もともと北陸のデベロッパーとして急成長し、ホテル進出を機に社長が奥様に事業を預けたそうだ。新築はもちろん、各地のホテルを買収し自社網を急拡大中。このホテルも買収型と見た。

ホテルは少し古く、部屋も広くはないがなかなか快適。電源がとりにくいことを除けば十分である。ブロードバンドサービスも無料だし、VODも完備している。フロントには法政大学の現役学生でもある元谷芙美子社長の人形ストラップが売っている。色別に恋愛運や金運などという御託がついているのだが、健康運だけはナース姿の社長・・・(爆)なかなかの実力である。会員にはならないが、機会があればまた使いたいと思う。

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2005.03.09

磐城セメント

夕刊フジのブログは新聞を買わなくても、結構面白い連載を転載しているので注目している。中でも【会社・業界の基礎知識】は学生時代から興味を持っている業界構造図の最新版が載るので普段から眼を通すようにしている。3月2日にアップされた記事はセメント業界。有名企業が合併・改名を繰り返している業界である。

セメント会社といえば、叔父が勤めていた日立セメントが浮かぶ。日立製作所のお膝元だけに系列かと思われがちだが、資本関係はないのだと叔父から聞いていた。確かにセメントの社章には、日立グループで以前使われていた「日立マーク」とは違うものが使われている。市内のどこからでも見えるセメント工場の設備の大きさに、物凄く巨大な会社をイメージしていたものだったが、その実業界でも比較的小規模の会社なのだとその後知った。

子供の頃持っていたコンクリートミキサー車のミニカーには「アサノコンクリート」と書いてあるものがあった。これはかつての大手、日本セメントの商標「アサノ」を模したもので、アサノといえばかつての浅野財閥。地元には浅野セメント発祥、いや日本の近代コンクリート製造の発祥の地、深川がある。官営深川工場の払い下げを受けたのが浅野家で、それが日本セメントに繋がったわけだ。区内の数少ない「教科書に載る歴史」として小学校の頃に習ったのだが、確か今では記念碑があるだけなんだが、群馬・富岡の製糸所、福岡・八幡の製鉄所と並び明治の近代化の象徴として記憶にある。この他にも区内に事務所を構えていた小野田セメントなんかも印象にあるのだが、とにかく「セメント」といえばアサノか日立、というのが自分の認識。アサノと小野田、そして秩父セメントも、今では合併して「太平洋セメント」という業界最大手になっている。同社といえば本社がしょっちゅう移転という印象なんだが。最近、電通が出た後の聖路加タワーに移転したはず。

前置きが長くなったが、その記事の中で自分の興味を引く言葉があった。『福島県四倉工場など磐城セメントをルーツとする住友セメントと大阪セメントの合併会社が住友大阪セメント』。住友大阪セメントという会社は認識があるし、近所の建材屋さんが住友生コンの代理店で、同社のミキサー車は街中でよく見かけていたので知っている。しかし、磐城セメントという会社も、田舎の隣町である四倉にセメント工場があるなんてのも記憶になかった。

郷里のいわき市は、確かにその昔磐城国と呼ばれていたらしいし、去年の銅像のタッツァブローさんの時にも書いたのだが共学化した県立磐城高校(もと男子校)と県立磐城桜が丘高校(もと女子高・旧磐城女子高校)という2大トップ高や、市立病院である磐城共立病院、さらには国土交通省の国道事務所という公共の組織・施設でもこの文字が使われている。ただ、これで「いわき」と読むのはちょっと難しい。そして当地は広義の常磐炭田の中核地域であり、JRの常磐線、高速道路の常磐自動車道、そしてかの常磐ハワイアンセンター(現・スパ・リゾート・ハワイアンズ)の影響もあり常磐というキーワードのほうが有名な地域である。

旧「磐城セメント」は1907年に創業し、その後数々の同業を吸収・合併し大きくなっていたようである。浜松などにも工場があったようだし、長野や秋田の旧家に昔のホーロー看板が残っているようだからそこそこの知名度があったのだろう。最終的には住友系のセメント事業を吸収し、住友セメントと改称と同時に住友グループ入りしている会社だ。その頃、すでに成熟産業になっていたとはいえまだまだ好景気の昭和30年代に住友系列を喰った、というのはなかなかの会社ではないか。住友大阪セメントの会社概要には、今日でも創業時の磐城セメントの名と創業の地・四倉の文字が載っている。もうちょっとアピールしてもいいよなぁ。

その、住友大阪セメント発祥の地である四倉の工場というのは、昭和58年まで操業していたというのだが、残念ながら記憶にはない。往時はたいそう賑わったというのだが・・・やはり日立のセメント工場の印象のほうが大きかったのだろう。

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2004.06.14

みかんのある建物・・・

九州出張話の続き。。。
今回の出張は移動の連続で、福岡空港に降り立ってすぐに新幹線で小倉へ移動。そのまま車で遠賀郡芦屋町というところに行き、さらに京都郡勝山町というところを回り北九州市内へ戻り宿泊。翌日はまた博多に戻り、その後唐津を往復し飛行機で東京に戻るという、とにかく移動しっぱなしのものだった。この行き先を見ればぴんとくるかもしれないが、ある公営競技の施設をずっと回ってきた。実は唐津は空振りだったのだが・・・(笑)

その唐津へ向かう電車の窓から見えたみかん。確か2駅くらい手前で見つけたものだったと思う。確かに佐賀県はみかんの産地で有名ではあるし、大きなビル(マンションか介護施設と見た)には浄化水槽があるとはいえ・・・これって結構シュールな絵だと思う(笑)

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