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2010.12.23

奄美大島豪雨災害チャリティライブ「ディ!ディ!」(2010.12.15 STUDIO COAST)(レビュー2)

どこまで書いたんだっけ・・・?早いもので1週間経ってしまったけれど、改めて「ディ!ディ!」のレポを続けます。


※今回のライブの模様をオンエアする形で、ライブオーディエンスの気持ちを奄美大島に届けてくれるコミュニティFM局「FMあまみ(「ディ!ウェイヴ」)」さんのホームページ内に、今回の奄美大島豪雨の義援金口座が紹介されております。もしご賛同いただけましたら、ご協力よろしくお願いいたします。
奄美豪雨被害による義援金について

ちっちゃい人、ことさかいゆうクンのステージの後に登場したのは、今やオーガスタの看板アーチストに成長したスキマスイッチ。シンタ君はローランドRD-700を弾くが、「スター」タクヤ君はリハーサル時、そしてオープニングコントで着ていた赤いジャケットのまま(リハについては、杏子さん担当マネージャーのヨッチさんのフォトツイにて確認)。そのタクヤ君の横にギターがない。今日はシンタ君のピアノだけでスターが歌うんだそうだ。曲は「ボクノート」。ピアノだけで演奏される機会は少ないので、貴重なテイクだったと言える。

スキマスイッチももちろん、二人とも「ちとせの部屋」へ。黒いアコースティックギターがセットされる。一同が並んで迎えるはスガシカオ。

舞台袖から後輩達に見つめられ、小心者のシカオちゃん、案の定歌いだせずにいる。「なんでお前らそこにいるんだ」「スガシカオの横顔なんてなかなかみれませんからねぇ」。福耳の年長者組であるはずのシカオちゃんだが、どうもオーガスタの中ではいぢられキャラが定着している。

やりにくそうにしながらシカオちゃんがチョイスしたのは「愛について」。しっとりと聞かせるギター。聞き惚れてしまった。

シカオちゃん、照れながらも演奏終了。次のステージはセッティングに時間がかかるらしい。スキマの二人も引っ込まず、「ちとせの部屋」は4人の大所帯に。さっきいぢられたシカオちゃん、「コブトリなスター」への反撃に入る。

「ボタン閉めろ。あ、閉まんないか」デブキャラとして世界中に晒されるスター、大橋卓弥のおなか周りをチェックするスガシカオ。こんなことばっかり、事務所でやってるんだろうな。

「冬は蓄えるものなんです。氷河期になったら蓄えのないスガさんは最初にしんじゃいますよ」と、ちょっとうーん・・・な会話ではあるが、それを感じさせないのは、お互いの信頼関係と、和やかな雰囲気があってのこと。陰湿じゃないし、むしろお互いに楽しんでいるのが実に平和で楽。

正直、ライブ中にトイレに行こうと思っていたのだが、何が飛び出すかわからないので、結局トイレは行きそびれる。

オーガスタのステージではあまり見かけたことがないヤマハCP300がセットされる。ただし袖に近い場所にあるので、弾き語りではなさそう。ちーが奄美のことを再び語る。「歌なまはげにさらわれ」(東京でデビューすることを例えている)東京に来たこと。同じようにさらわれた仲間がいること。

今度のパートはちーの後輩、中孝介が登場。通称「お中元コンビ」の競演である。MCはシカオちゃんに丸投げ。「台本もないままやってんのかよ!」絶句するシカオちゃん・・・

三弦の持った二人。「チューニングは適当なんです」と笑いを取る中君だが、演奏開始までのつなぎに二人に声をかけるシカオちゃん。中君は大先輩からの問いなので必死だが、ちーは『邪魔しないでっ!」案の定女性上位のオーガスタ・・・

まずは島唄を披露。奄美時代、若くして島唄を歌うちーに、中君は憧れたんだそうで。ちーのルーツが島唄であることはもちろん知っているが、オーガスタのステージとは違う歌手、元ちとせの姿がそこにはあった。オーディエンスから自然に手拍子が。

何を言っているのかわからない奄美の方言と、聞きなれない奄美のリズム。新木場が一瞬、奄美大島に変わったかのようなゆったりとした時間になった。

「お中元」が終わり、再びちーは「部屋」へ戻る。中くんのソロテイクは、代表曲「花」。オーガスタファミリーだけではなく、中孝介ファンからの歓声があがる。ロングテールのヒット曲であるからもちろん知っているが、生で聞くのははじめて。

中君が歌い終わり、他のアーチスト同様に「ちとせの部屋」へ。奄美の言葉のこと、島の中でも街の違いで都会だ田舎だ、という他愛のないやり取りをしながら次のアーチストを迎え入れる。2010年にメジャーデビューを果たした二人組、カサリンチュ。ギター、ボーカルのタツヒロと、ヴォイス・パーカッションのコウスケ。こういう組み合わせはちょっと珍しいかもしれない。

中君はNHKホールも経験しているからともかく、カサリンチュにとっては2000人のキャパシティのステージは初体験だったようだ。しかも先輩はともかく、周りにはTVでお馴染みのスターだらけ。確実に緊張しているようだったが、彼らもまた普段は奄美をベースに活動しているだけに、奄美代表という気持ちでステージを乗り切った。楽曲は「あなたの笑顔」。彼らは民謡を経験してはいないが、やはり素朴と言うか、ゆったりとした時が流れている曲だった。

奄美出身アーチスト3組が「ちとせの部屋」に集う。VPのコウスケ君はしきりに盛り上げる「自分、孝介兄さんと比較されて「ハズレコウスケ」って呼ばれてるんすよ」一方タツヒロ君のほうは歌いきって逆に緊張が増したみたいで、振られるたびに「本当に奄美のためにありがとうございました!」というのが精一杯。

そんなグダグダの中、次のステージはパーカッションまで登場するため引っ張らないといけない。ノープランのプロデューサー兼ホステスは、奄美の話で引っ張る。パーカッションが出るということは、何でもできちゃうアノ人たちの出番だろうか・・・そう、ち「やわらかなサイクル」を奄美のスタジオでレコーディングした「さだまさよし」こと岡本定義(COIL)と山崎まさよし。

。「あれ滑ったら今日は終わりやからな!」劇団総監督として冒頭コントに誰よりも気合いを入れたらしいヤマ。そして「さだまさよし」といえば今年のオーガスタキャンプでさだまさしの名曲「関白宣言」をパロった「キャンパク宣言」を披露したことも印象深い。コウスケ君「うわー、山崎まさよしや!」に本人苦笑。

「さだまさよし」1曲目はビートルズ「I Me mine」。ヤマがワンフレーズ歌った後、サダさんが・・・「あまみーぃ、あまみぃー!」やはりパロディで来た!酒がうまいとか、ハブも出るよ、とか・・・まあ嘘じゃないらしい。

出だしのMCでは「で、今日はなんだっけ?」とボケて、ちーに「私が最初に説明したでしょ!」と突っ込まれた二人だが、次の曲は、今日もまた宣言。名づけて「カンパ宣言」

やられた。ボケているようで、しっかりと纏めてる。さすがはさだまさよし。笑いの中に必要なことはすべて含んでいる・・・

さだまさよしのパフォーマンスは、日頃二人でギターを持っていろいろと遊んでいる間に何かがうまれるのだろう。学生時代にスタジオで練習していたようなアマチュア感が、良い意味で残っているのだと思う。

ここでサダさんが「BIRDS」を、ヤマが「花火」を歌う。ヤマはCP300を弾く。今度のヤマのツアーは一人でギターだけではなく様々な楽器をプレイするらしいので、こういう感じになるのだろうか。

さだまさよしが揃ったということは・・・やはりあの曲をやるだろう。ちーが真ん中に入る。2セットのパーカッションはあらきゆうこ(migu)、そして江川ゲンタが登場。

そう、今日は何度か歌っているとはいえ、アーチストとしての元ちとせは豪華メンバーをバックに携えている。「ひかる・かいがら」これは山崎将義作曲作品。

ちーが歌い終わったところで全アーチストがステージに戻ってきた。サダさんはベース、ヤマはエレキを持った。いよいよライブも終盤か・・・というところで、PAにはオフィス・オーガスタの森川社長からの「指令」が響く。

「Hey Judeを歌え」

これ、サプライズだったらしくステージは大混乱。誰から歌うか、どこまで歌うか・・・10分以上もステージ上での揉め事・・・いやミーティングが続く。

さだまさよしの二人は先ほど「あまみぃー」をやっているので問題はない。しかし二人だけでやってしまったら意味はない。だからバッキングに徹するらしい。

完全にパニクったのはシカオちゃん。確かにスガシカオにR&Bは響かないだろう。しかし・・・ジャイアンが大のビートルズ好きなのは知ってるだろうに(森川社長はポール・、アッカートニーが大きなライブをやると聞くと、会場に行って音楽誌にレポートを寄せるほどのビートルズファン)。

シカオちゃんの後はタクヤで、次は秦クン・・・まではよかったが今度はゆうクンがどうしてもこの小節を歌いたいとごねる・・・長澤君はどこでもいいっすよ、という感じ。

一般サラリーマンだったら、上司の好みを心得、さりげなくカラオケの十八番を仕込みマイクを渡すのは当たり前。アーチストのマネジメントは上下関係とはいえないので一概には言えないのだけれども・・・どうせグダグダになるだろうと思っていたし、近頃はUSTREAMの「ダダモレ」に慣れてしまっているせいか、多少のことでは何とも思わなくなったが、中には「ちょっとプロの公演としてはグダグダすぎないか」という声も聞いたのは事実。

終電も気になりだしたところで、ようやくのステージ再開。とにかくシカオちゃんが無事に歌いだせるのかが心配。

「誰かがさん、ハイって合図クレよ・・・」と弱気なシカオちゃん。「だからアンタの声からはじまるんだってば!」と全員から突っ込み。あかん・・・シカオちゃん、本気で心配。

この辺から杏子姉さんがしっかりまとめてくれましたが・・・

予定を大幅に超えつつ、全員で奄美大島で流行っているという宴会ソング「ディ!ディ!」を会場全員で熱唱。右手の親指を立て、上に振り上げる。

「でぃ!でぃ!なーまいきょう!」

これで長かった本編は終了。すでに時刻は22時間近になっていたが、アンコールの拍手は鳴り止まない。

アンコールは全員セッションで、さだまさよしが奄美でレコーディングしたちーの作品「やわらかなサイクル」。

最終の新幹線までの時間との格闘になったため、最後に全員が手を繋ぎ、ちーの「一同、礼!」での挨拶が終わった瞬間にエントランスロビーへ出てしまった。だから余韻を楽しむことはできなかったのだが、翌日は休暇ではなかったので、遠方オーディエンスとしてはどこかで妥協しなければならない。

このライブ、USTREAMでは最終的に視聴者数は42,352、ツイート数は7,694だったというUSTWEETさんのスコア。会場のキャパシティは2,000人程度だから、実に20倍以上の人が同じ時間を共有したといえる。オーガスタのミュージシャンでは杏子以外は生配信の経験がなく、少しビビッていたようにも思えるが、坂本龍一や向谷実といった大御所からロキノン系、宇多田ヒカルまで多くのアーチストが配信を取り入れるようになった。

今年の夏のオーキャンも良い意味でユルい公演だったが、まだオーキャンはスタッフのコントロールの下、調教された状態だった。d_dはいわば「野放し」。日頃のアーチストやスタッフのブログやツイートで垣間見える、アーチスト同士のよい関係を見せてもらう、貴重な機会だったといえる。

しかし一方で、Hey Judeセッションの10分を越えるグダグダは、UST視聴者には冗長すぎたようでもある。この辺、小さなライブハウスの対バンのほうがうまく処理できただろうし、ちーをアシストするMCが一人加わっただけで、だいぶ違ったのではないかと言う気がする。

そうはいってもちーがアクションを起こすことを決め、スタッフを動かしてからの時間は本当に短かったし、アーチスト全員を集めることができたことが奇跡だったと思う。

仮にこれが、奄美出身ミュージシャンだけのイベントであったならば、自分自身がSTUDIO COASTに足を運んだか、と考えれば微妙だったと思う。募金はともかく、ライブ会場まで行く熱心さがあったかどうかはわからない。

でも、何がおこるかわからない(実際、いろいろなハプニングがあった)オーガスタファミリーが集結する場だったから会場に足を運んだし、実際に被害にあったちー本人の経験や思いを直接聞くことができた。だから、そういう意味で、ちーの起こしたアクションは成功だったと思う。

杏子姉さん、ヤマ、サダさん、シカオちゃん、スキマ、migu、秦君、長澤君、さかい君。オーガスタの仲間が集まり、ちーと、奄美大島の人たちに何かしようという気持ちが伝わってきたから、自分もそれに参加することで、少しでも奄美の人々の力になれるならという思いで、平日夜ながら東京のライブに足を運ぶことを決めた。

奄美大島に限らず、災害にあった地域の復興活動には、様々な思いが交錯し、純粋な気持ちだけでは復興は困難で、ポリティカルな動きになってしまうことが否めない。

ちーも、もっといろいろなことを考えたに違いない。しかし、様々な折り合いをつけて、彼女が出来る最大の形としてできあがったのが「d_d」当日のステージだと思う。オーディエンスとして参加させてもらう機会をいただけた事に、感謝したい。

もうひとつ、このライブで感じたことがある。

元ちとせの音楽活動のパートナーであったプロデューサーの上田現を失って、もうずいぶん時が過ぎた。デビューからずっとちーを支えてきた現ちゃんの存在は大きかったようだ。

しかし、さだまさよしを筆頭とするオーガスタの仲間達がちーを支え、それにちーも応えてきた。最後の「やわらかなサイクル」はまさに、元ちとせと仲間達、というに相応しいステージだった。

ちーはこれからも、たくさんの仲間と共にちーの音楽を作り続けてくれるだろう。それをこのステージで改めて感じた。

このレビュー作成にあたり、USTREAM配信中のTwitterログを自動保存するku-neko@ku-neko様開発の「ustweet」、きをふし@kiwofusi様開発の「ハッシュタグクラウド」を参照させていただいております。

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2010.12.17

奄美大島豪雨災害チャリティライブ「ディ!ディ!」(2010.12.15 STUDIO COAST)(レビュー1)

※今回のライブの模様をオンエアする形で、ライブオーディエンスの気持ちを奄美大島に届けてくれるコミュニティFM局「FMあまみ(「ディ!ウェイヴ」)」さんのホームページ内に、今回の奄美大島豪雨の義援金口座が紹介されております。もしご賛同いただけましたら、ご協力よろしくお願いいたします。
奄美豪雨被害による義援金について

近年、ゲリラ豪雨という新しい降雨災害が日本を襲うようになってきた。台風ならば気象衛星の発達でビジュアル的に危険を受容しやすいが、局地的に突然発達した雲が、短時間に大量の雨を降らせる河川が氾濫し、地盤をえぐる。

秋のお彼岸直前の静岡県小山町。富士スピードウェイの地元を混乱に陥れた災害に衝撃を受けた。直後に予定されていたレースに出場予定だったドライバー達が立ち上がり、チャリティ活動を開始した時にはTwitterやブログを通じ、自分ができること、そして正しい趣旨を多くの人に知ってもらおうと行動した。

10月になると、奄美大島でも災害が発生した。災害対策には金をかけすぎていると批判の多いインフラサービスの設備ですら水没したことに、また衝撃を受けた。

そして、奄美大島といえば、今年のオーガスタ・キャンプで素敵な時間をくれた元ちとせの地元でもある。

当初の事務所発表では影響はないという事になっていたが、奄美大島を生活のベースとしているちー、非難の途中で道路が寸断され、インフラも使えず、孤立を体験したという。

幸い、ちーの町でも復興は始まっているというし、もともと風水害には慣れた奄美とはいえ、このゲリラの爪あとは非常に大きい。

ミュージシャンとして、奄美大島の島人としてちーは何かがしたかったのだろう。ちーには音楽がある。そしてちーの周りには、同郷の後輩がいて、ゆかいな事務所の仲間がいる。

そういうことで1月弱の短い期間で急遽チャリティライブが新木場のライブハウス「STUDIO COAST」で開催された。

いろいろな制約があり(募金活動、特に災害絡みのものは制約が多い)、準備期間も短かったこともあってか、会場での物販や募金箱は用意されなかった。オーガスタのメンバーのスケジュールを調整し、ハコを押さえ、チケット販売するだけでも大変だったと思う。

今年のオーガスタキャンプの会場と同じ新木場駅を最寄とする。半年振りに、オーガスタのファンが集結した。STUDIO COASTのキャパシティは最大約2,000名程度ということで、チケットを取れなかった人も多かったことだろう。このライブはリハーサル模様からUSTREAMで配信されており、会場に行けなかった多くの仲間も、ステージを見守った。

冒頭、プロデューサーであり、(いわゆるクラブのお姉さん、ということではなく、あくまでも本来の言葉として)ホステスであるちーが、自分たちが経験してきたこと、奄美大島の今を懸命に語ってくれた。オーガスタのファミリーであるファン達も、ちーの無事に安堵し、同時にちー自身の言葉を真摯にうけとめた。


一通り話が終わった後、「代官山の皆さん」ことオーガスタの仲間たちをちーが呼び寄せる。きこえてきたのは「NHKのど自慢の歌」。手拍子をしながら入場してくるおなじみの面々。会場からも手拍子が。

テーマが終わったとたん、山崎まさよしの「なんでやねん!素人ちゃうわっ」が炸裂。ちーが「じゃあこれかな?」というと、松本孝弘作曲の「1090 ~Thousand Dreams~」が。するとヤマ、派手なめがねをかけて「こんばんわ・・・ちゃうねんっ!」ちーは「ヤモリさん」とヤマに声をかける。

・・・ひらがなだったら超大御所、森山良子&矢野顕子ユニットになっちまうで。

とまあ、冒頭からちー渾身のシコミが始まった。臭い猿芝居は続き、オープニングバッターが誰か、という話になる。もしや・・・という通りの展開。オーガスタ劇団による、ダチョウ倶楽部芸。

誰が上島竜兵になるんだ・・・と思ったら最後に手をあげたのは秦基博。「どうぞどうぞ!」

とにかく、このオープニングコントだけは気合いが入ったリハーサルをやったらしい。オーガスタのメンバーにアルフィーばりのコントなんて期待できない。ヤマを除けばボケばっかりなんだから・・・それをオーディエンスはもちろんわかっている。それでもやりたい、彼らの気持ちがうれしかった。

「アタシはずっと舞台で見ているの」と言って、ちーは舞台袖の席に着席する。真横からプロデューサーに見られる。これはやりにくい。

そういいながらも秦君はいつもどおり、弾き語りで「アイ」を歌い上げる。オールメンバーだから一人1曲。バックメンバーも入れられないから、夏同様に「アコースティックライブ」でいくらしい。

ツアー中の秦君が歌い終わる。「こっちへいらっしゃい」と「VIPシート」に秦君を呼び寄せるちー。
なんだか「徹子の部屋みたいだ」と秦君が言うと、鼻を押さえて「テツコでございます」とノリノリのちー。似てなくてごめん、とちーは謝ったが、案外似ていた。

オーガスタキャンプならば、ここでバックステージを終えたアーチストのインタビューが流れたり、イメージビデオが入るわけだが、このライブではホステスのちーが繋がねばならない。オーガスタの面々も、ラジオのレギュラー司会が長い杏子姉さんとヤマ以外は、トークが持たない。ちょっとグダグダになるような気がしたが、台本もない衆人監視状態で、アーチストの素の緊張した姿が見えるのは、ちょっと面白いかもしれない。

2番手は最若手の長澤知之。オーキャンのたびに個人的な評価が上がる長澤君だが、今回の「カスミソウ」は、彼にしてはメジャーコードでシットリとした楽曲。しかしその力の抜き加減が心地よい。ちょっと変わった子、とちーは呼んでいたが、確かにオーガスタの中では異分子。しかしその異分子の本質を、僕らはだんだん、心地よいものに感じてきているように思う。

一端「ちとせの部屋に呼び込まれた長澤君、遠慮しながらも、ちーに突っ込みをいれてみようと試みる。末っ子ぶりが、なんだか微笑ましい。

ステージには椅子が二脚。え?と思ったところで現れたのは姫こと杏子。ギターを抱えての登場。

「前の二人みたいにあたしは弾けないから」ご指名は自分の歌が終わったばかりの長澤君。ということは・・・姉さんがお気に入りの長澤作品、「ねえ、もっと」。杏子姉さんもレコーディング終了直後で、声が鳴っている。ギターもしっかり弾けてる。小悪魔だったり、フェロモン全開だったりの姫と、母親に甘えるかのように甘いファルセットでコーラスを入れる長澤君。これもナイスセッション。

演奏が終了し、ハグし合う二人。姉さんを抱え長澤君は二回転。思わず会場からも「おーっ」という声が。「クルクル」に興奮した姫は「女の子に後ろハグしてもらうと嬉しい」。二人の女子トークは、なんだか「土曜日レディ」の乗りになってきたが、繋ぎのMCとしてはこのパートが一番形になっていた。この辺、さすがNHK仕込み。

オーガスタにはこの二人とmiguと3名の女性アーチストが所属しているが、その女子楽屋には、近頃金髪にしたジャイアン、こと森川社長がずっと居座っていたらしい。ちー曰く「ドン小西」だが、本人は「エンジェル」と呼ばれたいらしい。

女子トークの最中、「小さいおもちゃ」ことさかいゆうが登場。姫は、青山のJ社長の口癖にかけた
「ゆう、●●しちゃいなYO!」がお気に入りと見え(オーガスタキャンプでも発声されていたかと)、さかい君のことはゆう、と呼び捨てにする。

プロデューサーと、事務所の女王が横で見ている。オーガスタでは一番キャリアが短いさかい君にはちょーっと厳しい環境ではあったが、「みち」を弾き始める。彼はMCとVo.で声の雰囲気が全く変わる。ビジュアル的には・・・やっぱりおもちゃ(爆)。

さかい君と姫の「ちとせの部屋」(説教部屋?)の選手交替(くるくるは無理だが、ハグはやっぱり求める姫www)。今度は「同級生」トーク・・・って、さかい君デビューまで結構かかったんだねぇ。知らなかった。

さかい君のエレピが下げられたが、ローランドのRD-700が登場。オーガスタのパーマネントのピアノ弾きはさかい君ともう一人。最近は自分の名前を入れた特製のRhodes Mk.7やグランドピアノをお使いのあの方ですね。相方の方は・・・あれ?ギターがない?!

ということで、この続きはまた今度(忘れないうちに・・・)

このレビュー作成にあたり、USTREAM配信中のTwitterログを自動保存するku-neko(@ku-neko)様開発の「ustweet」、きをふし(@kiwofusi)様開発の「ハッシュタグクラウド」を参照させていただいております。

同じ時間を、USTREAMで分かち合った仲間達の声を見ながら、自分なりのレビューを書き上げていきたいと思っています。

ここまでで、大体最初の1時間くらいかなぁ・・・まだ続く。

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2010.12.06

竹内まりや「Souvenir again」(2010/12/4・日本武道館)(mixi日記再編集)

竹内まりやの10年ぶりのライブパフォーマンス。前回、TFMとFM大阪の開局30周年記念イベントとして行われたのが、「18年と7ヶ月ぶり」だから、前回よりは間隔は狭まったわけだが、「シンガーソングライター主婦」としてのまりやさんの活動ポリシー、そしてプロデューサー山下達郎がバンマスとして、全幅の信頼をおくメンバーをそろえツアーを回るというのは、容易なことではない。 そもそも、達っつあんが毎年ツアーに出ることができなかったのも、「ツアーはアルバムのプロモーション」という音楽界の旧来の考え方に影響されていたと言える。

津田大介氏、牧村 憲一氏の著作「未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか」にもあるが、いわゆるCDアルバムというパッケージ商品が売れなくなったと言われて久しいが、音楽業界そのものの収支構造が大きく変わろうとしている中、興行とそれに付随する物販がアーチスト(及びマネジメント)にとって重要なビジネスモデルに変貌しつつある。

山下夫妻の所属事務所であるスマイルカンパニーは、彼らのRCA/AIRレーベル(RVC社)所属時代のディレクターだった小杉理宇造氏が代表を務めており、その小杉氏がRCAから独立して設立したMoon(当初はAlfa/Moon)レーベルに夫妻も所属。後にMoonはワーナーミュージックジャパンに吸収され、小杉氏は会長を、そして山下達郎も一時期取締役として名を連ねた経緯がある。山下夫妻がMoonを離れることはない(事実上Moonは山下家のプライベートレーベル化している)だろうし、スマイルが当面ツアーグッズで増収を図ろうなどという営業方針は取らないだろうけれども、、今年のPerformance2010ツアーにおいて、「アルバムとツアーを切り離して、今後は好きなときに好きな曲を中心としたセットリストを組んで毎年ツアーをしたい」と達っつあんは宣言していた。

まりやさんは、結婚以来その達っつあんのレコーディングやツアーの合間に自分の作品を書き溜めて、スケジュールが空いた時にレコーディングをし、アルバムを出すというスタンス(本人曰く「不器用な生き方」)だが、今年のツアーは39本と若干規模を抑えたこともあり、ツアー終了後からリハーサルに入ったと聞く(逆に、プロデューサーとしての山下達郎はこのステージを意識して自身ののツアーを抑えたのかもしれない)

その10年前のパフォーマンスも武道館の2階から見て(なおかつライブ盤には私の奇声が入っている・・・)いるのだが、まりやさんの歌自体はPerformance2007-2008の中野サンプラザで最前列から拝聴させていただいているし、RCA/AIR'Sスペシャルの時にもお出ましになっている。しかし、今回はアリーナ席。ライブの相方・K氏のここ2年のチケット運は本当についているとしか言い様がない。今回も前から12列目、難波先生とまりやさんの立ち位置の中間という、最高の場所。 

はじめてアーチストとしての竹内まりやを意識したのは、恐らく「けんかをやめて」と「元気をだして」の作者としてだと思う。80年代前半、小学生として憧れたアイドル、河合奈保子と薬師丸ひろ子への提供作品だ。

そして、自分がはじめて竹内まりやの作品を買ったのが、その2曲をセルフカバーした超ロングセラーアルバム、「REQUEST」である。その後、Moonレーベルから発売された全作品はすべては持っているし、まりやさんのデビュー30周年記念ベスト「Expressions」でRCA時代の作品も聴いている。

私の記憶の中で竹内まりやという名前と楽曲が合致したのは、「セプテンバー」や「不思議なピーチパイ」だが、彼女のデビューシングル「戻っておいで・私の時間」は我が家御用達だった伊勢丹のCMソングだから、聞き覚えがある。ほぼ、まりやさんの32年のキャリアを知っていることになる。

達郎ツアー同様に、会場は40代から50代のオーディエンスが大半で、70代以上の方もいらっしゃったようだ。たぶん、NHKドラマの「だんだん」や「Denim」でまりやさんを好きになった、共鳴したというファンの方からすると知らない曲が多かったかもしれないが、RCA時代、そして80年代のナンバーをちりばめてくれた今回のセットリスト、大いに堪能した。30代(といってもアラフォーですが)の我々、会場では若輩であるが、まりやファンとしてのキャリアは20年を越えているわけで。

今回のイベント、オープニングアクトを初日はまりやさんの学生時代の先輩であり、ナイヤガラ人脈の一角である杉真理のBOXが、二日目はデビュー前にまりやさんがツアーに回り、初期作のレコーディングメンバーであるセンチメンタル・シティ・ロマンスが務めた。センチというバンドはもちろん知ってはいるが、実はほとんど楽曲を聴いたことがなく、「Denim」収録の「シンクロニシティ(素敵な偶然)」のPVではじめて演奏を聴いたようなもの。日本のポップ系バンドでは、スティールギターを多用する珍しいバンド、くらいの認識しかなかった。キャリア38年、しぶとく生き残っているアーチスト。懐かしい感じのするカントリーテイストの楽曲で心地よい時間を過ごした。

それにしても、思い返せば武道館でライブを見たのは、その10年前の「Souvenir」が最後だった。アリーナ席となると、学生時代のE.クラプトン以来ということになる。

武道館はビートルズが日本で唯一パフォーマンスをした場所、ディープ・パープルが伝説のライブを残した場所として、ロックを志す者にとっては特別な思い入れがある。センチのメンバーも、ビートルズがこの会場でコンサートをやらなかったら、ここでコンサートするなんてことはなかったのだろう、とMCの中で語っていた。

ビートルズ来日に際しては、保守派の論客がネガティブキャンペーンを展開したわけだが、しかし、彼らが登壇したテレビ番組は日本テレビ系であり、ビートルズを招聘したのは親会社の読売新聞社であるから、今にして思えば、あのキャンペーンも読売グループの宣伝戦略であったのではないか、と思わなくもない。かくして、ビートルズの後、数多のアーチストがコンサートホール(あるいは「ライブハウス」)として公演を行い、多くの日本のミュージシャンが目指す聖地となった。

しかしながら武道館は常設ホールではないし、何と言っても床が板張りだから、バスドラの音が仮設ステージから会場全体に共鳴する。天井も高いし、独特の音場になる。正直、音がよい場所ではない。音にこだわる山下達郎は絶対自身はパフォーマンスしない、と断言してきた場所である。

その達っつあんも、10年前のまりやさんのコンサートで武道館のステージに立ち、10月末のワーナーミュージックジャパン40周年記念コンサートでは、自身のキャリアで初めて、武道館でパフォーマンスを行ったわけだが、直後のサンデーソングブックでは音質云々を別として、可動式の椅子や、1、2階席の古く堅い椅子でのリスニングでお客さんが大変だ、という理由をあげ、単独では武道館でのパフォーマンスはしないという趣旨の発言を再びしていた。

今回の竹内まりやのコンサートもまたプラチナチケットである。山下達郎のチケットも入手が難しいが、場所と回数を重ねているので見る側も工夫をすれば公演を見ることは可能かもしれない。しかし、竹内まりやの場合はそもそもコンサート頻度が低いため、音は妥協してでもある程度キャパシティを確保できる場所でのパフォーマンスが求められる。

そういえば、達っつあんは音に拘るが故に、ギターもマイクもワイヤードのものを使うが、まりやさんは今回ワイヤレスマイクを使用していた。できるだけステージの端まで行って、1階席、2階席の観客のそばに行きたいという想いがあるからだと思う。まりやさんはファンと直接会うためのコンサート、という趣旨のコメントを繰り返していた。実はこれ、10年前にも繰り返していたと思う。

売れなくて地を這いずっていたシュガーベイブからRide On Timeまでの山下達郎と異なり、竹内まりやはアイドルに近いプロモートをされており、そこそこのヒットもあった「売れっ子芸能人」シンガーだった。しかし、本人のプレイしたい音楽と現実のギャップの中で悩みぬき、「寿休業」ということでその活動を一端ストップする。アイドルに恋愛はご法度であり、結婚は引退と一意だった80年代の日本のミュージックシーン。本人が好まずともアイドルにちかいマネジメントの中での活動であったから、これはある種の掟破りと言えた。

しかし、活動休止前からアン・ルイスへの楽曲提供(アン・ルイスもまた、プロモートと本人の希望のギャップに悩んでいたシンガーだった)などで作家としての評価もあったまりやさんには、多くの作り手が楽曲提供のオファーをし、本人が望んでいた通りの活動を30年近く続けることができた。そのこともまた、まりやさんは何度も語り、達郎をはじめとする周囲のスタッフ、ミュージシャン、クライアント、そして彼女を支持してきたファンへの感謝の言葉が何度も繰り返された。

こういう活動もあり、ということを日本の音楽界にも、リスナー界にも示してくれたまりやさんにこそ、私はお礼の気持ちでいっぱいなのだが。

それはそうと、武道館の音の悪さ、というか癖というべきなのだろうが、実はセンチのパフォーマンス中に、バスドラの共振を感じていた。このブログでも賞賛している小笠原君の手数の多いパフォーマンスでは、相当低音が響くのではないか、そう予感していたのだ。 しかし、そこは夫妻の絶大な信頼のある小笠原君。いつもよりも一層慎重なドラミングをしていた。

そして、会場のPAは完全に竹内まりやにフィットしていた。 日本有数のセッションミュージシャンを武道館に集めた状況で、まるでアルバム「Souvenir」のように、まりやさんの声を中心とした、バランスの取れたサウンドを堪能することができた。ここが武道館であることを忘れるような音であった。

10年前というと、まだ会場の照明はかつてのバリライトを彷彿とする巨大なものだったし、PAスピーカーはすでに吊り下げ式ではあったが馬鹿でかい、という印象だったのだが、近年のPAテクノロジーは大きく向上している。恐らくデジタルエフェクトで調整しているのだろうけれど、日本屈指のスーパーミュージシャンの超絶プレイをバックにした竹内まりやのボーカルは、とにかく伸びがよく、際立っていた。

記憶が薄くなってはいるけれど、少なくとも武道館でのライブは1989年1月のオフコース以来、5回以上来ているはずの自分の耳の中で、今回の武道館のPAアウトの音はベスト!

・・・であるが故、センチのパフォーマンスはちょっとボーカルが弱くなってしまっていたような気がする。

センチとまりやさんのステージの合間の20分のインターバルの間に、ステージはいつものメンバーの楽器がセッティングされていく。会場に貼られたポスターは、10年前、山下家中のギターを弾き比べてチョイスしたという傷だらけのテレキャスターを手にしたまりやさんの写真が採用されていた。たぶん今回もまりやさんはテレキャスターを手にするだろう、ということは想像がついた。

そして、ローディーがチェックする佐橋佳幸のギターに見慣れないものが。

リッケンバッカー!

ということは、リバプールサウンドをイメージしたアレもある、ということだろう。かくして予想通りまりやさんはテレキャスターを手に登場。さすがに弾き語りは久々だろうからちょっと歌いにくそうではあったが、声は10年前よりも出ている印象。

10年前の黒い衣装も素敵だったが、今回の白いワンピースも上品。序盤重ねて着ていたラメのブラウスもキラキラしていて、まぶしかった。

本当に、まりやさんは変わらない。50代らしいしぐさも時折あるけれど、リアルで拝見している10年前と少しも変わらない。神々しい、ディーバだ。

トークは長めで、ゆったりとした時間。10年という時間をかみしめながら、今回はじっくりと2時間のパフォーマンスを堪能した。30年前のRCA時代のまりやさんが好きな楽曲も少しも色あせていないし、今年の発表作品ではこのメンバーならではのジャジーなフィーリングを堪能した。

今回は、難波弘之、柴田俊文のツインキーボードに加えバンマス用(機種不明)、さらにはスタレビの名キーボーディストであった「白一点」男性コーラスの三谷泰弘のポジション横にもヤマハのMOTIFが並ぶ、キーボード好きにはうれしい状態。さらに佐橋クンの横にはスティールギター(センチが演奏したあの曲だけではなく、数曲で使用)。佐橋クンはいつもの佐橋モデルのテレキャスはもちろん、久々にレス・ポール、マンドリンも出してきた。

コーラスの国分友里惠、佐々木久美のご両人の登場パートも多く、うれしい感じ。どうしても山下家はシーケンサーは極力使わないが、テープ遣いではある。特徴的な多重ダビングのセルフコーラスが印象的な楽曲が多いので仕方ないのだが、超強力なコーラス陣との絡みもレコーディングとは違った楽しみがある。

もちろん、伊藤広規のベースはいつも通り心地よく、土岐英史がおいしいところを持っていく。メンバー最年長、今年一年は「還暦」をネタにされ続けてきた土岐オヤジだが、今日のMCでは愛娘、土岐麻子嬢のこともまりやさんが紹介していた。また、サハリンこと佐橋クンの紹介は、まりやさんも見たシュガーベイブのイベントに彼もいたことを紹介し、様々な縁がつながって今日がある、ということをおっしゃっていた。

「Denim」の頃から、まりやさんは人生とか、縁とかというキーワードをしきりに口にするようになってきた。50代に入り、子育ても一段落して浮かんだ思いがたくさんあるのだろう。まだまだそういう境地にはいたらない若輩者として、達っつあんもそうだけれどまりやさんの言葉は、将来の自分への宿題だなと感じる。あんな素敵な50代になりたい。しかも、老いも枯れも感じさせないんだから、二人とも!

今回もTOKYO FMとFM大阪の開局40周年記念イベントであり、同じく上陸40周年を迎えたケンタッキー・フライド・チキンが特別協賛と言う形で実現した「Souvenir again」。この後は達郎の新作制作と、リリースを延期しているニューアルバムの仕上げがあるわけだが、達っつあんの構想としては毎年ツアーに出ることになっている。同時に、恐らくこのパフォーマンステイクの中からライブアルバムのマスタリング作業も行われることだろう。 今回、アリーナ最後列には照明、PAに加え、レコーディング卓もセッティングされていた。レーベルとしては貴重な音源である。今回もまたライブアルバムと言う形でこの感動を振り返ることができるのではないかと期待する(しかし・・・達っつあんの「JOY2」はいつになるのやら・・・)。

まりやさんは自分自身のペースと達郎のスケジュールを優先させたい、と言っていたが、ファンとしては今回のパフォーマンスなら、5年、10年といわず達郎ツアーのエクストラバージョンとして、まりやさんのライブもぜひ聴かせてもらいたいと願う次第。

P.S:アリーナ席でお手製のうちわを持ち込んでいたファンの方。親ジャニーズ系アーチストである夫妻なので全然OKなのだが・・・「まりや」ですから!!

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