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2006.11.11

自転車遍歴3~典型的な児童

自転車話も3回目。まさに典型的な小学生を地で行っていたものだ。

(3)スーパーカー世代のジュニアスポーツ車

昭和54年、小学校入学の頃の児童用自転車といえば自動車のATシフトをイメージしたコンソールレバー式ギアシフターを備えたジュニアスポーツ車が全盛期。高い自転車だとテールランプやらウィンカーだのを備えていたし、メーカーによってはMTのH字型シフターまであった。また現在の段を表示するデジタルメーター(たぶんニキシー管)などのある自転車もあった。ちょうどスーパーカー世代の最末期であり、またデジタル時計ブームの時代でもある。大人っぽいこれらのギミックには当然ながらあこがれた一人である。

この年に買ってもらったのは20インチのナショナル自転車のモデル。近所の自転車やさんで勧められたものだった。ライトはリトラ仕様になっていたがワイヤー式。ギアもただのコンソールレバー。はっきりいって地味だったので、あまり好きではなかったがそれでもカウンタックを彷彿とさせるライトで喜んで走り回ったものだった。

このナショナル、FF(フロントフリー)機構が備えられており、走行中にペダルを回さなくてもチェーンホイールが回転しているため、ギヤチェンジが可能(壊れない)というのが実に便利であった。スピードメーターやサイドバッグという、お子様用自転車のオプションはとりあえずすべて取り付けていた。

今にして思えば余計なオプションがない分、重量を抑えられていたし電池なども不要。ぶつけてフロントライトを割ってしまったときには部品を注文して取替えをしてもらったように思うが、もしもウィンカーなどついていて、そのギミックを割っていたらその修理代はさらに大変だっただろうと思う。

この自転車も成長に伴い小さくなってしまい、弟が少し乗った後に廃車。

(4)少し大人のミニサイクル

学習塾へ通うようになると、教科書やノートを入れるカバンがサイドバッグに入らなくなったり、サイドバッグの開け閉め自体が面倒になってきた。そして身長が伸びて20インチではもう小さくなってきたこともあり、新たな自転車を買ってもらうことになる。

ジュニアスポーツ車からのステップアップといえばブリヂストンのロードマンに代表されるドロップハンドル車か、26インチのジュニアスポーツ車、あるいは逆にママチャリにダウンするというのが相場であったが、この時にまた自転車やさんに勧められた5段変速つきミニサイクル(なのだろうか。ちなみにブリヂストンではこのスタイルのモデルは、ジュニアサイクル同様に「モンテカルロ」シリーズとしてラインナップしている)。

この自転車やさんとのお付き合いは、その後に団地の中に自転車やさんができて、そこに入り浸った時期もあるので終わってしまうのだが、後に弟がバイクの修理などで面倒をまたみてもらうようになる。

正式にあのジャンルはなんというのかわからないがフロントダブルライトなどジュニアサイクルの流れを汲む「通学用自転車」である。今回は丸石のMINGO。ハンドルのレバーシフターで変速する。この自転車では隣の町の学習塾まで通っていた。裏道を走ったり、夜の国道の追い越し車線を友達と爆走したり、授業の後のつかのまの楽しみだった。

中学生になってから、この自転車で自分の町から7kmほどはなれた図書館まで通っていた。それまでの行動範囲がせいぜい2km圏内だったことを考えると冒険だった。そういえばその頃に使ったルートは自転車道。最近、サイクリングコースに懐かしさを感じた理由はこれだったのか。

冒険といえば幹線道路を通り秋葉原まで自転車ででかけたのもMINGOが相棒だった。とにかくMINGOでは走った。5段のギアがあればどんなところでも走っていけた。最後はギアが欠けて5段めが入りにくくなるようになって、修理したりもしたが5~6年間ほど自分の相棒として走り倒して廃車となった。

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