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2005.12.08

135判は生き残るのか

カテゴリーは「携帯・デジカメ」だが、銀塩フィルムの話である。

10月に念願の一眼レフデジカメ「EOS Kiss DigitalN」が到着し、以降のホッケー撮影はすべてKiss-DNで済ませている。なんと言ってもフィルム代、DPE代が不要というところが大きい。

フィルムについては写真をはじめたときから富士フイルムのユーザであったことから、ホッケー競技を撮りはじめた当初は富士フイルムのISO1600ラインナップを使用していたのだが、五輪オフィシャルスポンサーであったコダックのオマケ欲しさ、あるいは使っていたミニラボがコダックのペーパーを使っていたことからMAX800シリーズに切り替ている。

高感度フィルムという時点で割高の上、入手が難しいケースが目立っている。ことにデジカメが主流となっている今日、高感度フィルムは大規模カメラ店に行かないと買えないケースが目立ってきている。オマケに一般店では日本はやはり富士フイルムが強いことから、近頃は富士の1600を使うケースが再び増えてきつつある。

試合中の撮影については高感度でなければならないが、スナップ撮影となると逆に感度が高すぎる。そのためスナップ用にMFのカメラにISO200〜400のフィルムを詰めてスタンバイすることもあった。必然的に機材が増えるわけである。

一方、社会人になって中古カメラ熱にうなされた時期、ライカなど買えない私はロシアンカメラに手を出し、ライカ式(田中長徳師流に言えば「らいか」)のフェド3を愛用してきた。もちろん、未だにフェド3は現役の散歩カメラであるが、携帯電話のカメラの高感度化によって出番がどんどん減ってきている。スナップ用といっても、運良く映ればよい程度のフェドでは半ばシゴトの撮影であるホッケー関係の写真は厳しい。

携帯のデジカメがフェドに取って代わった理由もまた、「うまくいかなくても所詮はケータイだから仕方ないわけで」という気持ちがあるからで、きちんと撮りたい時はMFの一眼レフか、EOS10か、前主力撮影機材であるCAMEDIA C-2000ZOOMを持っていく。

そんな中、「一生モノ」を何かひとつ、と考えたときに憧れのライカが浮かんできた。何かの理由付けがなければ手にする事のできない逸品ではある。

200万画素の初期モデルであるC-2000Zなど、とっくに中古市場で価値もなくなっているわけだが、調子が悪いと言いながら6年間愛用している。デジカメ特有のシャッターラグも流し撮りのタイミングも身体が覚えている。それでもメディアであるスマートメディアの入手が困難になってきた今、そろそろ引退の時期が迫ってきている。我が家のMFカメラも所有暦15年を過ぎ、部品入手が難しくなってきているし、電子化されたAF機に至っては修理も受け付けてくれないであろう。最も新しいEOS10であっても、10年が経過している。

フォーマットを考えてみれば、ポケットカメラの110判やディスクフィルムはとっくの昔に絶滅寸前に追い込まれ、鳴り物入りで登場したAPSカメラはほとんど普及することなく市場から姿を消している。一応富士フイルムのラインナップには残っているのだが、最廉価のモデル以外、大型カメラ店ですら扱っていない。唯一の例外はレンズつきフィルムの内蔵物としてのAPSフォーマットであるが。

こうした状況下で、果たして135判がいつまで「カメラのフィルム」として流通されるのだろうか。確かにライカはこれからも銀塩カメラの王道としてファンの憧れでありつづけるであろうし、価値が下がることはないと思われる。しかし写真機はフィルムを撮影するものであって、愛玩物ではないというのが自分の考え。

加えて、レンズ交換式カメラというものは、レンズを持っていなければ撮影機として成立しない。お得意のロシアンレンズも悪くないというか、自分の好みではあるのだが、やはりライカにはライカのレンズをつけて撮るのが本筋であろう。そのレンズも高い。。。

そう考えると、ライカが果たして「一生モノ」と言い切れるのかという気持ちになる。何よりもフィルムが供給されないカメラは、『カメラの形をしている静物』でしかないのである。

しかし、市場に目をやってみると、相変わらず135判のコンパクトカメラは売れている。どんなにデジカメが普及しようと、当面プリントを見る、保存するという写真の位置付けが変わらない限り、DPEは続くであろうしフィルムもカメラも販売されるであろう。そして、欠点も少なくない135判というサイズが、当面のところ「フィルム」と呼ばれるのであろうか。。。

気がつけば、銀塩フィルムというものを用いるのはプロだけになり、そのプロのクオリティを維持するためには135判ではなく、中・大判のみが残るかもしれない。スタジオ撮影には135判は情報量が足らない。中判カメラですらデジカメが登場している今日、少なくとも、写真機メーカーのいくつかは銀塩一眼レフの製造をやめたばかりか、銀塩カメラの製造すら止めてディジタルシフトをはじめている。今は磐石の製造態勢を続けているニコンとキヤノンであっても、今後いつまで新製品の開発を継続するかは不明である。

未来は誰にもわからない。たぶん、ライカを手にした自分には永遠の宝物かもしれないが、他人にとって宝物でありつづけるかも、保証はできないところが、グッドアイデアといえないでいる自分の心を映し出しているといえる。

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